本日は「ASEANが軍政外相を招く外交転換」「フランス大統領によるスーチー釈放要求と銅像撤去問題」「ラカイン州での海軍砲撃と洪水による二重危機」の3本をお伝えします。ASEAN内の対ミャンマー路線の変化は、日本のASEAN外交にも直接影響する動きです。
ASEANは2021年のクーデター後、軍政が「5項目合意」(停戦・対話・人道支援受入れ等)を実行しないとして軍政高官の会議出席を拒否してきました。しかし2025年末にミャンマー国内で軍主導の選挙が実施され、一部加盟国が正規政権として扱いを変え始めています。タイはその筆頭で、国境貿易や難民問題への対処から軍政との関係維持を優先しています。
国連と欧米各国はミャンマーの選挙を「出来レース」と批判しています。民主派政府(NUG)はASEANの関与強化が軍政への正統性付与につながると強く反発しています。2021年以降の戦闘で死者は10万人超、国内避難民は370万人を超えており、軍政との対話路線が人道状況を改善しない可能性を人権団体は指摘しています。
日本はASEANとの連携を重視する立場から、ASEAN全体の方針転換に追随する可能性があります。日本政府はODA停止を続けながらも一定の対話チャンネルを維持してきましたが、ASEANが軍政を正式に取り込む流れになれば、対ミャンマー政策の見直しを迫られる局面が近づく可能性があります。在日ミャンマー人コミュニティはこの動きを深刻に受け止めています。
スーチー氏は2021年のクーデター以来、軍政に拘束されています。2026年4月に息子キム・アリスが「Proof of Life(生存確認)」キャンペーンを開始し、独立した第三者による生存確認を世界各国に求めてきました。軍政はスーチー氏の状況を一切公開しておらず、81歳という年齢もあって国際的な懸念が高まっています。フランスはEU制裁(資産凍結・渡航禁止・武器禁輸、105人・22組織が対象)の1年延長を支持しています。
アウンサン将軍はミャンマー独立の父であり、ミャンマー国民のほぼ全民族から敬われてきた歴史的人物です。NLD政権が建てたという理由で組織的に破壊することは、単なる政治的行為にとどまらず「歴史の書き換え」として受け取られています。7月19日は殉難者の日として毎年国民的な追悼が行われてきた祭日であり、在外ミャンマー人の強い反発を招いています。
日本に在住するミャンマー人は2024年時点で約6万8千人に達しており、その多くがNLD支持者です。7月19日前後は在日ミャンマー人による追悼・抗議行動が各地で予定されており、受入れ企業は従業員の心理的状況への配慮が求められます。また日本の人権外交の観点からも、フランスの動きに呼応した働きかけを求める声が市民団体から上がっています。
ラカイン州はロヒンギャ危機(2017年)でも知られる地域ですが、現在はアラカン民族解放を目指すAAが州の17郡のうち14郡を実効支配しています。残りをミャンマー軍(タットマドー)が保持しており、両者の戦闘が続いています。2024年以降、AAの急速な制圧により戦線が移動し、海軍による沿岸砲撃が増加しています。
ミャンマーはもともとアジア有数の米輸出国でしたが、2021年以降の戦闘と経済混乱で農業生産が大幅に低下しています。ラカイン州の農地水没は、すでに食料不足に苦しむ国内避難民370万人にさらなる打撃を与えます。国連WFPはミャンマー全土で深刻な食料不安を警告しており、日本のODA・人道支援の必要性をあらためて問いかけています。
ラカイン州出身のミャンマー人は日本の建設・介護・農業分野の特定技能労働者にも含まれています。現地の情勢悪化は送り出し機関の機能低下や失踪リスクの上昇につながります。洪水と戦闘の二重危機が継続した場合、在日ミャンマー人労働者の家族への送金ニーズが急増し、メンタルヘルス面でのケアが求められる場面が増えると予想されます。